『バレンタインデー異聞』

『ジョー。ISO気付で君に小荷物が10個以上も届いているのだが…』
スクランブルが掛かったので、サーキットで女性達に囲まれていたジョーは急いでその場を離れたのだが…。
南部博士の用件は任務では無かった。
「小荷物ですか?何でそんな物が俺に…」
『住所不定の君のトレーラーハウスには送りようが無いからに違いあるまい。
 私を迎えに来てくれる時で構わんから、持ち帰りたまえ』
ジョーは既に小脇に7個の可愛い包みを抱えていた。
「まさか…。それってチョコレートでは…』
げんなりとした様子になる。
『そのまさかに違いない。今日はバレンタインデーとやらだからね。
 綺麗な包装紙で包まれた物ばかりだ』
「博士。それ、周りの方と食べて貰っても構いませんが…」
『そうは行かん。百歩譲って職員達に分けるにしても一旦は君に眼を通して貰わねばなるまい』
「解りました…」
答え乍らジョーはチョコレートの包みをG-2号機の後部座席へ投げ込んだ。

南部博士を迎えに行くと、博士は大きな手提げ袋を持って出て来た。
「げっ!」
ジョーは益々げんなりする。
「まさか、そんなに…?」
「ああ、その通りだ。随分とご婦人方に人気のようだね」
南部の眼が笑った。
後部座席にあるチョコレートも眼に入ったようだ。
「俺、甘い物は苦手なんですよ」
「知っている。いつもジュンの店に持ち込むそうじゃないか?」
「博士も1ついかがです?」
「私は…遠慮しておこう」
ジョーは頭を搔いた。
「お礼だけでも結構物入りなんですよね…。誰がこんな物を考えたんでしょう?」
「それはだね…。話はローマ帝国時代まで遡る事になるのだが…」
「あ、もういいです。博士、どうぞ乗って下さい」
話が難しくなりそうだったので、ジョーはそれ以上聞く気がしなくなった。
どうせ製菓会社の陰謀に決まっている。
「どの包みにもカードが付いているようなので、後でゆっくり見たまえ。
 これを取り纏めてくれた女性職員によると、全部が『本命』だろうと言う事だ。
 『余程素敵なご養子さんなのでしょうね。お眼に掛かってみたいですわ』と笑っていた」
顔色1つ変えずにそう言うと、博士はジョーに手提げ袋を押し付けた。

何か研究があると言う南部博士を別荘まで送り届けると、ジョーは車内でカードや手紙とチョコレートを仕分けした。
例年通り『スナックジュン』へ持参するつもりでいたが、うっかりカードの中身を皆に見られては恥ずかしい思いをする事になりかねない。
手渡しで貰った物を含めるとチョコレートの数は20個を超えていた。
「やれやれ…。高価なもんばかりだぜ。これを倍返しする方の身にもなれよな…」
思わず呟いていた。
甘い物は苦手だと常に言ってはいても、彼の眼は肥えており、こう言ったものの値踏みは大体当たっている。
カードを2~3枚読んだだけで眩暈がして来た。
「こいつら本気かよ!?」
溜息をつく。
「科学忍者隊に恋人は要らねぇ。
 どうせ付き合った処で、任務任務じゃすぐに駄目になっちまうぜ…」
けっ!と鼻で笑って、ジョーはエンジンを掛けた。

「ジョーの兄貴ィ!やっぱり今年も物凄い数だね!」
甚平が驚愕の声を上げる。
「兄貴もチョコを貰って来たけど、精々片手止まりだってよ」
「そりゃあ、交友範囲が違うからだろ?
 どっちかと言えば健は正統派だからモテねぇ筈はねぇんだ。
 トンチキなのを何とかすりぁ、なかなかなもんだぜ」
ジョーが持参したものと健が貰ったものを合わせて、30個のチョコレートの包みがカウンターに置かれていた。
「好きに喰ってくれていいぜ」
「俺の分もそうしてくれ…」
健も興味はなさそうだ。
「だがよ、健。お前にはまだ大本命のチョコレートが残ってる筈だぜ」
ジョーは竜と甚平に目配せをして立ち上がった。
「ああ、ジョー、待って!」
呼び止めるジュンに怪訝な顔を向けると、彼女は『コンドルのジョー』と同じ蒼い包装紙に包まれた小箱を差し出した。
「テレサお嬢さんから、『ジョーさん』へ、ですって」
「へえ…。俺の分も用意してくれてたのか」
「良かったじゃないか、ジョー。他の物はさて置き、これだけはちゃんと味わって喰えよ」
何も知らない健は相変わらず空気が読めない。
昨日どれだけジュンとジョーが苦労をしたか……。
ジョーは思わず溜息が出た。
「テレサ婆さんから俺だけにチョコレートが来て、おめぇに無いのは何でだか解るか?」
ジョーは謎を残したまま、竜と甚平を伴って店を出て行ってしまった。
2人を乗せてG-2号機で当ても無く走り回り、頃合を見て戻るつもりだった。
勿論、ドアの外の看板を『CLOSED』に掛け替える事も彼は決して忘れなかった。

しかし…。
ジョーが苦心してそこまでお膳立てをしてやったと言うのに、その結果は…。
ガレージに入った時、ジュンが叫ぶのが聴こえて、ジョーは本気で凹むのだった。
「もう!このトンチキ!!!」


※この物語は098『バレンタインデー前夜』の続きとしてお読み下さいませ。




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