『白い羽根手裏剣』

G−6号・隼のジャックは、任務の中で何度か失敗を繰り返し、凹んでいた。
負けず嫌いの彼には、特に甚平にいろいろ言われる事が悔しくてならなかった。
良く兄を引き合いに出された。
甚平は自分なんかよりずっと優れた科学忍者隊のメンバーだし、兄の事も良く知っている。
自分がコンドルのジョーの弟だとは知らないとは言え、兄と比較される事が悔しかった。
そして、何とかして兄に追いつかなければ、と焦っていた。
今日も1人黙々と訓練室で戦闘訓練をしている姿を、管理室から南部博士と共に見ていたのが健だった。
「健、ジャックは科学忍者隊としてどうかね?」
「まだまだ未熟ですが、でも、自ら訓練室でああやって訓練をしている姿を見るとジョーと重なって見えます」
南部博士はハッとしたが、黙っていた。
「あいつの眼がジョーに似ているんですよ。
 あの負けず嫌いな感じ。
 そして何よりもあいつの覇気。
 俺は何とか科学忍者隊の一員としてあいつを育て上げたいと思うようになりました」
健が穏やかな表情で南部を見た。
南部が頷いて、訓練室を見やると、「ん?」と声を上げた。
ジャックは羽根手裏剣の練習を始めていた。
兄は羽根手裏剣の名手だったと言う。
敵の『スペース・ジョーカー』は黒い羽根手裏剣の名手だ。
これに対抗する為にも、自分は羽根手裏剣の腕前を上げたい、ジャックはそう願っていたのだ。
その気持ちは管理室から見ていた健にも伝わって来た。
「博士、ちょっとジャックを連れ出してもいいですか?」
健が博士を見た。

ジャックに与えられたG−6号機はカート型のマシンだった。
健は自分のバイクに付いて来るように言って、ジャックを森の中に誘導した。
此処には良くジョーがトレーラーハウスを停めていた。
健はバイクから降りると、ジャックを促した。
「ジャック、あの樹を良く見てみろ。
 此処にはG−2号が自分で工夫して作った羽根手裏剣の訓練道具がそのまま残っている。
 俺達も敢えて片付けなかった。
 死んだジョーにいつでも逢えるような気がしたからな」
「此処でG−2号が……」
ジャックは一瞬その強い瞳に涙を浮かべたが、それはすぐに消えた。
兄の雰囲気を肌で感じた。
緊張感が溢れていたり、ふとのんびりと過ごす兄の姿が見えたような気がした。
ハンモックが張られていた。
「このハンモックもジョーが遺したものだ」
健は手でハンモックを揺らした。
「トレーラーハウスだけは博士の別荘の駐車場に引き取られたがな。
 見た事はあるか?ジャック」
「まだ…」
ジャックは兄と同い年だったと言うリーダーに涙を見せないように俯いた。
この人は長い事、兄のジョージと一緒に居た人だ。
「羽根手裏剣の訓練をするなら、此処に来るがいい。
 ジョーが手助けしてくれそうな気がする。
 いいか、お前はジョーではない。
 ジョーを超えようとするのではなく、お前はお前らしい闘いをすればいいんだ。
 だが、羽根手裏剣は俺達全員に与えられた武器だ。
 好んで使っていたのは、ジョーだけだったが、これを上達させる事は役に立つだろう。
 況してやあの『スペース・ジョーカー』が……」
健はそこで押し黙った。
彼はスペース・ジョーカーがジョーに何か関わりがあるような気がしてならなかったのだ。
その事はそろそろ話す時期に来ているとは思っていたが、まだ南部博士にも語っていなかった。
「この黒い羽根手裏剣……」
健はポケットからそれを取り出した。
「何かを暗示しているような気がするんだ」
ジャックには話す気になった。
「あのスペース・ジョーカーは仮面で顔を隠してはいるが、どうも身のこなしがジョーに似ているような気がしてならない…」
「え?G−2号は死んだのでは?」
「そうだ…。助からない病気に罹っていた。
 そして、その身体を押してギャラクターの本部に潜入して、多数の銃弾を受けた。
 血を流しながら本部から這い出て俺達に本部の入口を教えて死んで行った。
 だが、俺達は彼の遺体を見ていない。
 本部から出た時には居なかった……」
健は黒い羽根手裏剣を握り締めた。
「ISOの調査の結果、地球を救ったのはジョーの羽根手裏剣だったと解った…」
ポケットからケースを取り出すと、その中には折れ曲がった羽根手裏剣が入っていた。
「これが、ジョーの形見だよ。最近見つかったのさ。
 地球が救われた理由は解っていなかったが、これがギャラクターのブラックホール装置の動きを停めたんだ」
キーホルダーにしてあるそのケースを、ジャックの前にぶら下げた。
「やってみるがいい。ジョーになれ、とは俺は思わん。
 だが、強くなる事は必要な事だ。
 甚平にはジョーと比較をするな、と言っておく」
健はそれだけ言うと、ジョーの形見の羽根手裏剣と、黒い羽根手裏剣の両方を大切そうにジーンズのポケットに仕舞って、後ろ姿を見せた。

ジャックは1人になって、暫くその場に立ち尽くしていた。
「此処に兄さんが……」
涙が噴き出して来た。
「兄さん!俺は何て不甲斐ないんだろう。
 科学忍者隊に入れても、まだ何の役にも立っていない。
 みんなの足を引っ張っている…。
 俺は悔しいよ。
 立派に『G−6号』になって見せるから、俺を見守っていて…!」
健は少し離れた所でバイクを停めて、それを聞いていた。
(兄さん、だって?……ジョーに弟がいたのか?)
ジャックの瞳にジョーとの共通点を見い出した彼の勘は当たっていたのだ。
(だから南部博士は……)
健は走り出すのをやめて、暫くジャックの様子を見ていた。
ジャックはキッと強い眼光を放ち、ジョーが訓練に使っていた板に向かって羽根手裏剣を放った。
ジョーが自分で板を木々の様々な高さの場所に縛ってぶら下げたものだった。
最初に放った羽根手裏剣が高い場所にある板に見事命中した。
命中した事自体が初めてだった。
ジャックは兄の力が作用した事を強く感じていた。
そして、遠くでそれを見ていた健にも、同じように感じられていた。
一瞬、ジョーの幻を見たような気がした。
(ジョーっ!)
健は叫びたくなる衝動を必死に抑え、ジャックの邪魔をしないようにバイクを引き摺ってそっと帰途に着いた。




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