『スペース・ジョーカーの正体』

「甚平、G−4号機に戻って、出来る限り多くスペース・ジョーカーの拡大写真を撮るんだ」
「ラジャー」
健の指示が飛んで、甚平がG−4号機に取って返した。
ジョーカーは相変わらず仮面の下から彼らに見えない鋭い眼で、『鳥達』を追っていた。
ふと黒い羽根手裏剣を繰り出すのをやめ、じっと彼らの動きを眺める。
やはり既視感が拭えない。
(あいつらと何処で逢ったと言うんだ?
 それにあの白い男…。俺の事を『ジョー』と呼んだ…)
ジョーカーは胸の中に何かどす黒い物が拡がって来るのを感じ、それを払拭する為に、愛用の銃を空に向かって発射した。
『バーンっ!』と言う音が辺りに響き渡った。
ジョーカーは羽根手裏剣のみならず、射撃の名手でもあった。
その事がより、健やジュンの心を彼に傾かせていた。
「あれがジョーだと言うのなら、記憶を喪失しているのかしら?」
「その可能性はある。総裁Xに洗脳されているのかもしれない」
健が苦しそうに答えた。
「あいつ…。何かにもがいているように見えないか?
 俺達を本当に敵なのか?と訝しがっているようにも見える。
 闘争本能を利用されているのではないかな?」
「健……。だとしたら、何とか助け出さないと……」
「だが、今はあいつが俺達の最大の敵である事には変わりが無い。
 ゲルサドラなど問題にならない位にな」
健はジョーカーの銃での攻撃を辛うじて避けた。
「ジュン、話は後だ。
 とにかくゲルサドラを止める事を優先しよう。
 甚平、写真は撮れたか?」
『OKだぜ、兄貴』
「では全員ゴッドフェニックスに帰還せよ」
『ラジャー』
その場に居残って、怪我をした右手の甲を押さえながらスペース・ジョーカーを凝視していたジャックを、竜が無理矢理に小脇に抱え込んで走った。
「逃げるか?科学忍者隊!」
追って来るスペース・ジョーカーに、健は眼晦ましのマキビシ爆弾を投げつけた。
この位の事で傷を負うような彼ではないだろう、との思いを込めて。

ゴッドフェニックスは火の鳥となって、ギャラクターのメカ鉄獣を撃破した。
ジャックにとっては初めての火の鳥だったが、彼は兄譲りの根性を見せてそれに耐えた。
スペース・ジョーカーはそれを見届けて歯噛みをしながら、引き上げた。
また獲物を仕留め損なった……。
彼のプライドはズタズタだった。
(科学忍者隊め。なかなか梃子摺らせやがる…)
屋敷に戻ってもまだ頭を抱えていた。
(奴らは一体何者なのだ?俺の何を知っているって言うんだ?)
ジョーカーは最早心の中に確実にカリっと引っ掻かる科学忍者隊の事を四六時中考えるようになっていた。
ただの敵ではないように思える。
彼は苦悩した。
戻らない記憶に組んず解れつの決闘を挑んだが、どうにも甦る事はなかった。
頭痛が増すばかりだ。
(この…頭痛?前にもあったような気がする……)
1つピースを握り締めたような感覚がジョーカーにはあった。
これは総裁Xにより引き起こされたあの頭痛ではなかった。
胸が引き裂かれそうな、正体不明の不安に押し潰されそうになり、ジョーカーはレザースーツを剥ぎ取るように脱ぎ去り、シャワールームへと移動した。

健は南部博士に甚平に撮らせた写真を見せていた。
スクリーンに映るスペース・ジョーカーの姿は確かにジョーに似ていた。
「ジョーが生きているとすれば……、考えられる事は1つしかない……」
南部が沈痛な表情で皆を見た。
「私の専門外なのだが……、ジョーは死んだ後にサイボーグとして甦らされたのかもしれん。
 だとすれば、それをしたのは総裁Xに違いない。
 だから、彼は総裁Xの傍にいるのかもしれん」
「ジョーが……サイボーグ?」
健は言葉を失った。
「それも記憶を消されている可能性が高い。
 それなら、諸君に襲い掛かるのも説明が付く。
 だが、必ずしもスペース・ジョーカーがジョーであると言う証拠はどこにもない」
「ジャックを見た時の反応が…、俺達を見た時とは明らかに違ったんです。
 それが確実な証拠だと俺は思っています」
健の言葉に他の4人が驚いた。
「健、何を言っとるのか解らんわい。
 ちゃんとおら達に解るように説明して欲しいぞい」
竜が代表して訊ねた。
「ジャック…。済まない。お前は秘密にしようとしていたのに…」
健はジャックの頭に手を優しく置いた。
「ジャックはジョーの生き別れた弟だ。
 だから、ジョーカーは何か不思議な物を感じたに違いない。
 血縁関係と言う特別な関係が、彼に何かを感じさせたんだろう」
「ジャックがジョーの兄貴の弟だって?」
「そうなの?ジャック」
「ホントかいな?」
全員に詰め寄られて、ジャックは困惑した。
こんな形で自分の出自が晒されるとは思ってもいなかった。
「健はいつからその事を知ってたんだ?」
ジャックはジョーとそっくりな眼で健を見上げて問うた。
その眼を見た時、他のメンバーも健が言う事に納得した。
「お前を『ジョーの森』に連れて行った時からだ」
「くそぅ、バレてたのか…」
ジャックは悔しそうに言った後、「そうだよ、俺はジョージ兄さんの弟だ」と静かに答えた。
「逢いたかったよ、生きているのなら。
 死んだと思っていたんだから。
 南部博士が来た時は嘘だと思った。
 兄さんは両親と共に死んで、墓もあったんだからな」
ジャックがプイっと外の魚の群れを見たのは、涙を見せたくなかったからに違いない。
「だから、兄さんが生命を捧げた科学忍者隊に入って、また動きを見せ始めたギャラクターを斃したい、って思った。
 生命を賭けて闘った兄さんの代わりに…。
 兄さんが奪い取った地球の平和を再び乱すあいつらを……っ!
 なのに、どうしてだよ?
 どうして『スペース・ジョーカー』が兄さんなんだよっ!?
 サイボーグって何だよっ!」
ジャックは踵を返して司令室を出て行ってしまった。
「ジャック!」
追おうとした健を南部博士が止めた。
「1人にしておいてやりたまえ。
 ジャックにはショックが大き過ぎるだろう…。
 正直、私も戸惑っている。
 だが、スペース・ジョーカーが『本当にジョーであるならば』、他の仮定が私には出来ん。
 総裁Xは恐ろしい力を持つ宇宙生命体だ。
 私の想像以上の事が出来るのかもしれん。
 ジョーの身体が生身のままなら良いのだが……」
南部もまた沈痛な表情のまま、司令室を出て行ってしまった。
残された4人は、意気消沈した。
「ジョーの兄貴が生きていてくれたかもしれないのは嬉しいけれど、こんな事って……?」
「苦しんでいるでしょうね。記憶を消されているのなら」
「総裁X、許せんわいっ!ジョーをそんな身体にしただなんてよっ」
「ジョーカーがジョーであるのなら、その記憶を取り戻す為に俺達はジョーカーの身柄を確保してやらなければならん。
 南部博士なら何らかの処置が出来るかもしれない」
健が決意を込めた表情で呟いた。
「でも、博士はサイボーグは専門外だって…」
「専門の人間の協力を仰ぐ事は出来る筈だ」
健が強い瞳をして振り返った。
「ジョーを救ってやらねばならん。
 あの時、俺達はクロスカラコルムへジョーを置いて来たのだから!」
健はダンっと音を立てて、強化ガラスを叩いた。
その時、ジャックは1人、展望台へと来ていた。
「兄さん…。本当にあれが兄さんだと言うのか?」
手の甲には治療が施されたが、まだ痛みがある。
「本当に兄さんだと言うのなら、俺がその記憶を取り戻してやる。
 まずはあの黒い仮面をこの羽根手裏剣でっ!」
ジャックは大腿の隠しポケットから取り出した白い羽根手裏剣を、怪我をしていない左手で握り締めた。
「敵と味方に分かれるなんて嫌だ。
 兄さんは科学忍者隊G−2号だ。
 それ以外の何者でもないんだ!」
羽根手裏剣を握り潰して、左手の掌にまで怪我をした事にも気付かず、ジャックは泣いていた。
涙の代わりに左手から血がぽたりと落ちた。

シャワールームで温水の豪雨を浴びても心までは洗われなかった。
ジョーカーは重い心を引き剥がそうとしたが、それは全く無意味な努力だった。
この胸にあるどす黒い物は何だろう?
それが総裁Xに関する事だと言う事に、まだ彼は気付いていなかった。
自分が死してまで地球を守った事をまだ彼は思い出していない。
侵略者側に着いているべき人間ではない事も……。
それを思い出す時が来るのだろうか?
彼の苦悩は果てしなく続きそうな気がしていた。
バスタオルを手に取って、乱暴に鍛え上げられた身体を拭いた。
何も苦しみは拭い去れなかった。
煩(わずら)い事があるとシャワーで洗い流そうとするのは、生きていた頃と同じ行動だったが、その事すら彼には解らなかった。
「ジョーカーさん、お食事が…。キャッ!」
ベリーヌが悲鳴を上げて、食事のトレイを取り落としそうになった。
「ロボットの癖に男の裸を見て驚くとはな…」
ジョーカーは皮肉を込めて言い放つと腰にタオルを纏った。
「喰うかどうかは解らねぇが、そこに置いておきな」
ベリーヌを見もせずにそう言うと、ジョーカーはまた物思いに耽った。




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