『二重の罠』

記憶を取り戻せない事がどれだけジョーカーを苦しめたか解らない。
腰にバスタオルを巻いたままの状態で動かない彼を、そっとしておこうとばかりにベリーヌは部屋から退室した。
ロボットなのに感情を持っているのだろうか?
だとすれば、総裁Xは本当に優れた宇宙生命体だ。
生きている者をサイボーグにしたのではなく、1度死んだ身体の『コンドルのジョー』を総裁Xは再生させたのである。
これはまだ地球上で成功した例の無い事だった。
ジョーカーにとっては自分の身体をサイボーグにされた事よりも、記憶が消された事の方が苦しかった。
サイボーグになった事を嘆き哀しむのは、多分記憶が戻ってからの事になるだろう。
全く記憶の断片すら掴めないでいる彼は、微動だにせず、考え込んでいた。
ずっと裸でいようと、もう風邪を引く事もない身体だった。
彼はただ、心にカリっと引っ掻かる科学忍者隊と言う存在の事を思っていた。
未だに何者なのか、と言う事の答えは出ない。
いくら考えても無駄な事だと解っていても、科学忍者隊を斃せばその記憶が甦る、と総裁Xに植え付けられた以上、彼は闘うしかなかった。
でも…何かが違うのだ。
自分に科学忍者隊と闘う理由があるのだろうか?
私怨はない。
ただ、総裁Xに操られるがままに、闘いを挑んで来た。
だが、なかなか手強い相手だし、これまで何度も取り逃がして来た。
先方からは何故か殆ど攻撃を仕掛けて来ない。
それも不思議な事だった。
(何かがある…)
ジョーカーはそう思っていた。
シャワーを浴びても洗い流せなかった心のどす黒い何かがまた蠢き始めた。
先程感じたあの頭痛…。
1つの手掛かりである事には間違いないのだが、それが何であるのかは彼には答えを見い出せないでいる。
焦りだけが募った。
自分から科学忍者隊に接触してみようかと言う気にもなり始めていた。
科学忍者隊が普段ユートランドに居るらしい、と言う情報はゲルサドラの前任だったベルク・カッツェが得た情報だった。
基地はギャラクターによって破壊されたと言うから、恐らくはもう別の基地を建造している事だろう。
ジョーカーは自分が囮となって科学忍者隊を誘き出そうと考えた。
バスタオルを剥ぎ取って床に投げ捨てると、彼は先程脱ぎ捨てた真っ黒なレザースーツを素肌の上にもう1度着込んだ。
豪華なテーブルの上に放り出してあった仮面を手に取って、ジョーカーは1人、豪邸を飛び出した。

翌日の日中、ユートランドの上をコンドラーで飛ぶ、スペース・ジョーカーの姿があった。
わざと低空飛行している為、人々があれは何だ?と騒ぎ立て、すぐにその噂は科学忍者隊の耳へと入った。
ジョーカーはゲルサドラのように破壊行為をする気にはなれなかった。
ただ、自分の存在をアピールしているに過ぎなかった。
健達も市井の姿で、下からスペース・ジョーカーを見ていた。
「兄貴、スペース・ジョーカーはゲルサドラのように破壊活動をしたりしないんだね」
「ジョーカーの正体がジョーならば、どこかに良心が残っているのだろう。
 博士が言うように、総裁Xに記憶を消されていたとしても、魂を売った訳ではないんだ」
健が太陽を背にして飛んでいるジョーカーをじっと見つめた。
逆光でそのシルエットは益々黒い。
「変身して山間へ向かおう。ジョーカーは自分を囮にしているんだ。
 黙っていても俺達に着いて来るに違いない」
「ラジャー」
健の指示に従い、全員が物陰に隠れて変身を完了した。
ビルの谷間を影のように走る鳥達を見つけたジョーカーはその眼を細めた。
(やはり出たな…)
早速追い始めた。
健達が南部博士からある事を言い含められているとは、彼は知らなかった。
南部のアドバイスは、『サイボーグならば、エネルギー注入を定期的にしなければ、弱り果てる筈だ』と言うものであった。
つまりはジョーカーをエネルギー補給が必要な程に弱らせてしまえば、自分達の手に堕ちる事は間違いない、と健は踏んでいた。
昨日の今日でまだ準備は完了していなかったが、健が言った山間には南部の協力の下、ある仕掛けがなされていた。
ジョーカーのエネルギーとなっている物質が何であるかは解らなかったが、動きを停める事は出来る、と言うのが南部の計算だった。
それは彼の眼を射る事だった。
大きなソーラーシステムで太陽光線を一点集中させようと言うのだ。
だが、その為にはあの仮面を割らなければならない。
その役目はジャックが買って出た。
「ジャック…。両手を怪我しているのに、本当に大丈夫かいのう?」
竜が心配したものだが、ジャックは意に介さず、「その為に羽根手裏剣の訓練を積んで来たんだ」とだけ答えた。
そして健はそれを許可したのである。

科学忍者隊は目的地へとスペース・ジョーカーを誘導した。
そして、ソーラーシステムを使う時が来た。
隼のジャックに1つの賭けの時がやって来た。
(兄さん…。この羽根手裏剣のテクニックは兄さんが教えてくれたようなものだ。
 俺は兄さんに負けないように練習したんだぜ。
 見ていてくれ、兄さん…)
ジャックは祈りを込めるように1枚の羽根手裏剣を唇に咥えた。
その仕草はまるでジョーを見ているかのようで、健達4人は一瞬ゾクっとする物を感じた。
誰も教えてはいない。
ジャックが自然にやった事なのだ。
「血は争えないわね…」
ジュンが思わず呟いた。
健が「シッ」と短く止めた。
ジャックの集中力を分散させない為だ。
ジョーカーはコンドラーで勢い良く、上空から迫って来た。
先方も黒い羽根手裏剣を唇に咥えていた。
仮面の口の部分が無かったのは、この為だったのだ。
やはり、ジョーカーはジョーなのだ!と健は改めて期待した。
ジャックは精神を集中させた。
(この1本。この1本だけは当たってくれ!)
ジャックとジョーカーは同時に羽根手裏剣を放った。
白と黒の羽根手裏剣が交差して、ぶつかり合った。
その時、ジャックは2本目の羽根手裏剣を放っていた。
パリン!と音が鳴り、ジョーカーの仮面が真っ二つに割れた。
全員が息を呑んだ。
割れた仮面の中から現われたのは、案の定、『コンドルのジョー』の素顔だったのだ。
健が合図をして、ソーラーシステムに付いていた係員がスイッチを入れた。
それはスペース・ジョーカーの瞳を射た。
ぐらりとコンドラーから落ちるジョーカー。
それを素早く受け止める健。
ジョーカーは全身から力が抜けて気を失っていた。

意識を取り戻した時、不思議な研究所のベッドの上に拘束されていた。
ジョーカーの力ならばそんな物は力づくで外せる筈なのに、それが出来なかった。
「ごめんなさい。貴方の脳にちょっと細工をさせて貰ったの」
女の声がした。
頭に何か枷が付けられている事にジョーカーは気付いた。
「私はパンドラ。サイボーグの研究をしているわ」
優しい顔立ちの女性が立っていた。
その横には南部博士と健達が居たのだが、ジョーカーにはそれが誰なのか解らなかった。
「貴方はジョージ浅倉さんね。
 これから記憶回復装置に掛けるから、少し苦しいかもしれないけど、我慢して頂戴」
「き…記憶回復装置だと?」
以前、ジョーが任務によって記憶を失った時に掛けられた事がある装置だった。
ジョーカーは記憶が回復する物なら願ってもない事だと思った。
だが、こいつらは俺を騙しているのかもしれねぇ、と暴れまくった。
暴れたつもりだったが、どう言う訳か身体が痺れて動かない。
「俺は一体どうなっちまったんだ?うっ!」
また総裁Xの魔法が掛かった。
『馬鹿者!勝手な行動をするから捕らわれの身になったのだ。
 ゲルサドラを応援にやるから、すぐにそこを脱け出すのだ』
「そ…総裁…X……」
ジョーカーの口から、その言葉が漏れた時、健の怒りが頂点に達した。
「総裁X!貴様は俺達のジョーに何をした!?」
『科学忍者隊の知った事ではない。そのジョーと言う男は死んだ筈だ』
今度はジョーカーの脳にではなく、直接彼らにも聴こえる声が届いた。
「いいえ。死んだ者をサイボーグ化して甦らせる事が出来るのは地球外生物である貴方しかいないわ!」
パンドラがハッキリと告げた。
ジョーカーはこの女博士に全てを任せてみたくなった。
この心を覆い尽くすどす黒い哀しみを取り除いてくれそうな気がした。
ジョーカーは怒りを発散させた。
彼の身体の周囲にバチバチと電流が流れた。
「総裁Xよ、去れっ!」
ジョーカーが叫ぶと、落雷があったかのような光が彼の身体から溢れ出し、そして、総裁Xは気配を消した。
意識を失ったジョーカーがそこに残された。




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