『哀しみのスペース・ジョーカー』

総裁Xを振り払う為に自らエネルギーを放電したジョーカーは力を失った。
意識を手放し、その身体はだらりと伸びていた。
「ジョー。可哀想な事を…」
南部博士が眼鏡をずらした。
「本当に、彼の身体はサイボーグ化されているのですな?
 パンドラ博士」
「ええ。亡くなった人の身体を冒涜する恐ろしい行為です。
 身体は限りなく、人間の機能が残されていますが、人工的な骨組みで作られています。
 筋肉は本人が元々持っていた物を利用して上手く使っているようですわ。
 総裁X…、恐ろしい能力を持った地球外生物です。
 私達、地球の科学者には出来ない事です」
ジャックが蒼白な顔で眠りに堕ちている兄の手を握った。
その時、ジョーカーの身体がピクリと動いたのを全員が見逃さなかった。
「兄さん。意識を失っているのに、俺の事は解るのかい?」
ジャックが耳元で問い掛けた。
聴こえている筈がないのに、ジョーカーの右手が動いて、ジャックの顔に触れた。
「暖かい…。兄さんの手は暖かい。
 人間だよ。サイボーグだなんて、俺は信じられないよ」
「ジャック…」
南部が優しく背後から彼の肩を抱いた。
ジャックの涙がジョーカーの頬に落ちた。
その瞬間、弱り切ったジョーカーの瞳が重たそうに開かれた。
その瞳が真っ直ぐにパンドラ博士を見つめた。
「俺は…あんたを信じたくなった。
 俺は一体何者なのか?
 そこにいる『鳥達』に既視感を感じるのは何故なのか?
 俺はそれが知りてぇだけだ」
ジョーカーはパンドラを強く見た。
「俺の記憶…戻るのか?
 それならどんな苦しみにも耐えて見せるぜ。
 エネルギー切れを起こす前に、『自分を』取り戻しておきてぇ」
「じゃあ、そのまま力を抜いて。眠っていても構わないわ」
パンドラは彼の頭に取り付けた装置をもう1度確認して、全員に下がるように言った。
「記憶回復装置、スイッチON!」
パンドラ博士はスイッチを入れると、モニターに映るデータとジョーカーの様子を交互に観察した。
南部博士を始めとするメンバー達はそれをただ見守った。
ジョーカーは苦しそうに唸り、身体を海老反りにして苦痛に耐えていた。
「あんなに汗を掻いて…。
 本当にサイボーグだなんて信じられないや。
 ジョーの兄貴、大丈夫かなぁ?」
甚平が見守りながら言った。
「ジョーは強い男だ。絶対に耐えてみせると言ったじゃないか。
 俺達はただあいつの記憶が戻る事だけを願っていよう…」
健が呟いた。

パンドラは小1時間掛けて、ジョーカーの記憶回復を試みた。
「総裁Xは恐ろしいわ。
 此処まで記憶を消してしまうだなんて……。
 でも、記憶は戻ったわ。まだ断片かもしれないけれど……。
 彼の記憶映像が、此処に微かに映っている。
 科学忍者隊だった時の記憶は戻っている筈です」
パンドラの言葉に全員が歓喜した。
「ジョーっ!」
まだ意識が戻らないジョーカーの元へと走り寄った。
「彼はまだ疲れています。
 エネルギーを消耗していますし、今は充分に休ませなければなりません」
パンドラが冷静に言った。
「パンドラ博士、有難う…」
南部が右手を差し出した。
「いいえ、まだ気がついた後の様子を観察してみない事には…」
パンドラは博士の手を握らず、ジョーカーの方へとコツコツと足音を立てて歩いて行った。
ジョーカー、いや、ジョーが静かに眼を開いた。
「記憶が戻ったわね。ジョージ浅倉さん」
「お…俺は……。何故生き返ったんだ?
 死んだままの方が良かったのに!
 サイボーグの身体にされてまで生きていたくなどなかった!」
ジョーが慟哭した。
重い空気が漂った。
「貴方の身体は殆どが人間と同じ有機物質で出来ています。
 ただ人と違う処は貴方はもう老いないと言う事よ。
 エネルギー注入さえ切らさなければ死ぬ事もない。
 人間としての機能もそのままよ。
 言いにくいけど……」
パンドラは少し赤くなって言葉を区切った。
「……男性としての機能も正常ね。人間と何ら変わりはないわ。
 貴方は1度亡くなった人間だから子孫を作る事は出来ないけれど、機能はちゃんとする…。
 総裁Xの力は全く恐ろしいわ。
 死んでしまった貴方を此処まで再生させるだなんて……。
 その総裁Xが作った貴方のエネルギー物質さえ解れば、もう総裁Xの元に戻る必要はないわ。
 時間は掛かるかもしれないけれど、私が絶対に見つけるから、総裁Xの所に2度と戻らないって約束して。
 ……貴方は戻って刺し違えるつもりなんでしょう?
 その心臓に埋め込まれている反物質爆弾を使って」
パンドラが言った言葉が全員の胸をナイフで刺した。
冷静だったのは、ジョーただ1人だった。
彼は自分の身体に恐ろしい爆弾が埋め込まれている事を知っていたのだ。
「俺は死んだままでいたかった。
 いや、死んだままでいるべきだったんだ。
 ジョージ浅倉と言う男の魂魄は間違いなく、あの世にいる。
 此処にいるのは、その肉体と脳を利用しただけのサイボーグさ。
 俺は生きているべきではない」
「だからって、『再び死ぬ』事はないわ!」
パンドラがピシッと言った。
その後ろにあの辛い別れを経験した南部博士と仲間達がいた。
そうだ、あの鳥達は彼らだった。
「博士…。健、ジュン、甚平、竜…。
 俺は…戻って来てしまったのか…?」
ジョーに戻ったジョーカーが呟いた。
あの時の別れが脳裡に甦っていた。
「ジョーっ!」
全員がジョーの周りに集まり、記憶が戻った事を涙を流して喜んだ。
その中に、見た事もない少年がいる。
でも、ジョーには他人のように思えなかった。
「この少年は誰だと思う?君の生き別れた弟のジャックだよ、ジョー」
南部が優しい瞳でジョーを見て、その手を取った。
「ジャック…?ジャックが…生きていたと言うんですか?」
「その通りだ。互いに死んだと思っていたのだよ。
 彼は今では立派な科学忍者隊G−6号・隼のジャックだ」
「兄さん…!」
ジャックが涙を隠さずにジョーに寄り添ってその胸で泣いた。
「ジャック。本当に…生きていたのか…?」
ジョーは横たわったままジャックの頭を抱いた。
その瞳に涙が光った。
確かに彼は記憶と共に人間らしい感情を甦らせたのだ。
その時、再び総裁Xがジョーの頭の中で悪魔の囁きをした。
『スペース・ジョーカーよ、目覚めるのだ』
ジョーが一瞬にしてジョーカーに戻った瞬間だった。
ジョーカーは頭を抱えて激しく苦しみ始めた。
その息遣いが痛々しくて見ていられない程だった。
あの魔法を掛けられて激しい頭痛が彼を痛め付け、ジョーカーは見る見る内に穏やかな顔つきからその眼を吊り上げた。
「行けない。総裁Xがまた彼に何かをしているわ」
パンドラが叫んだ時、パリンと音がして研究所の全てのガラス窓が割れた。
ゲルサドラ率いるギャラクターが、スペース・ジョーカーの奪回に現われたのだ。
バードスタイルのままでいた健達はすぐに応戦体制に入った。
だが、総裁Xが何かの細工をしたのか、身体が金縛りに遭ったように動かなかった。
その間に、エネルギーを消耗して自力では動けないジョーカーは攫われてその姿を掻き消していた。

総裁Xはジョーカーを洗脳し、今日の記憶を消そうと試みた。
だが、ジョーカーの脳には何か細工がしてあり、完全にその記憶を消す事は出来なかった。
これからは使い捨ての戦士として使うしかないか、と総裁Xは考えた。
ジョーカーはゲルサドラと共に総裁Xを自分の体内にある反物質爆弾で消し去ってやる、と決意していた。
それはパンドラが最も恐れていた事だった。
だが、彼は死んだのだ。
これ以上生き永らえて何になるのだ?
自分の魂はあの世にある筈。
俺はサイボーグだ。
こんな身体になってまで、生きているつもりはねぇ。
屋敷に戻ると、ジョーカーはそう考えて、大きく頭(かぶり)を振った。
「ジョーカーさん、お食事はどうなさいますか?」
忠実なベリーヌが入って来た。
可愛い少女の姿をしているが、ロボットだけあって動きはカクカクとしている。
「俺に構うな。シャワーを浴びるからあっちへ行っていろ」
エネルギーは注入されたものの、心が酷く疲弊していた。
黒いレザースーツを脱ぎ捨てると、均整の取れた彫刻のような肉体が現われた。
総裁Xから新たに与えられた仮面はゴミ箱の中に投げ込んで、ジョーカーはシャワールームへと入って行った。
シャワールームには全身が写せる鏡が設えてあった。
ジョーカーは自分の身体をそれに写す。
「この身体が…サイボーグだなんて…。
 解っていた筈だが、今になってそれに苦悩するとはよ…」
彼は鏡に向かってパンチを繰り入れた。
いとも簡単に鏡が割れて、彼の顔の部分が見えなくなった。
勿論、その拳にはダメージも受けていない。
ジョーカーは顔以外の姿を写し続けている鏡を見た。
「男性としての機能は残っているだと?
 そんなこたぁどうだっていい!」
自分のその部分が写っている場所にも長い脚で蹴りを入れて鏡にヒビを入れた。
「俺は…、こんな身体にされた事を呪うぜ。
 人間として死んだんだ。
 それ以上生きさせるなんて、総裁Xの野郎は絶対に許せねぇ…っ」
ジョーカーは哀しみを振り払うようにシャワーを浴びた。




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