『スペース・ジョーカー覚悟の時』

ジョーカーは甦った記憶を完全に忘れる事はなかった。
それは恐らくパンドラ博士が『脳に細工』をした、と言っていた事と関係があるのだろう。
ギャラクターに連れ去られて、また監獄のような豪邸に閉じ込められたが、総裁Xから呼び出しが掛かったのは、それから数日後の事だった。
ジョーカーは憂いを払うかのようにシャワールームに篭った。
先日割った鏡はベリーヌが新しい物に交換していた。
(俺はこれ以上、生きていては行けない存在なのだ。
 2度死ぬのではなく、俺の存在を消す為にも、行きがけの駄賃に総裁Xとゲルサドラを滅ぼして行くっ!)
全身を丁寧に、まるで何かを祓い清めるかのように洗った。
シャワーの雨に打たれながら、鏡に自分の姿を写した。
「全く良く出来た人形だよな。
 肌触りまで人間そのものだ」
ジョーカーは自分の筋肉が発達した胸を、引き締まった腹を触ってみた。
筋肉の感触はかつての自分の身体と何一つ変わらなかった。
長い脚の中心にある物も、洗う為に触れれば変化した。
「本当に人間そのものだぜ」
ジョーカーは自嘲的にもう1度その言葉を繰り返した。
「だが……俺は血が一滴も流れていねぇサイボーグだ…っ!」
白い泡で憂いを無理矢理に洗い流し、ジョーカーは総裁Xの元へと向かう事にした。
シャワールームを出るとベリーヌが立っていて、ジョーカーは一瞬ビクリとした。
ベリーヌは全裸で無防備なジョーカーの姿を見ても今度は驚かなかった。
「新しいレザースーツをご用意しました。
 最後の出陣ですから」
「おめぇ、俺が考えている事が解っているのか?」
「もうお別れですね…」
ベリーヌが俯いた。
そして、白い羽根手裏剣を一束、テーブルの上に置いた。
このロボットは、ジョーカーに対して恋心を抱いていたらしい。
「さようなら…」
そのまま回れ右をするかのようなカクカクとした動きで、ベリーヌは部屋を出て行った。
そして、儀式のように素肌にそれを着込むと、ジョーカー、いや、記憶を取り戻した『ジョー』は、ギャラクターの本部へと乗り込む事にした。
最後に南部博士の元に電話を掛けた。
「これで…本当の別れです。ギャラクターの本部は……」
彼はその場所だけを告げて電話を切った。

ギャラクターの本部では総裁Xとゲルサドラが揃っていた。
「スペース・ジョーカーよ。
 貴様は勝手な行動を取った事により、ギャラクターの一兵卒になり下がった。
 これから出動し、その反物質爆弾で科学忍者隊を潰してしまえっ!
 お前の役目は最初からそれだったのだ。
 私の復讐を遂げる為の道具に過ぎなかったのだ!」
「くそう、総裁X!記憶を取り戻さなかったら、その事に気付かなかったのかと思うと反吐が出るぜ!
 だが、黙ってそれに甘んじている俺だと思うな!」
ジョーは、羽根手裏剣をゲルサドラの眼に投げつけた。
そして、総裁Xの幻である、光る物体にも同様に羽根手裏剣を放った。
その羽根手裏剣は黒ではなく、白いものだった。
「総裁X。てめぇは動けねぇ筈だ。
 待っていろ。居場所を探してやる!」
「やめさせろ!スペース・ジョーカーを殺してしまえっ!」
眼を押さえながら叫んだゲルサドラには、容赦なく敵兵から奪い取ったマシンガンを撃ち込んだ。
もうこれで動けまい。
ジョーは走った。
総裁Xの息遣いが、気配が彼には感じられた。
その部屋はもうすぐだ。
扉を開くとだだっ広い真っ白な部屋があった。
その中心に金色に輝く塔があり、そこにピンク色の核があった。
「あれが総裁Xだな?」
ジョーには確信があった。
自分の反物質爆弾の威力は総裁Xとこの本拠地を滅ぼすには丁度良い威力の筈だ。
彼は自分の意識を集中させようとしたが、またもや総裁Xの魔法の『緊箍児(きんこじ)』に苦しめられた。
頭が締め付けられる。
彼は余りの苦しみに床に転がった。
だが、このままで終わらせる訳には行かない。
また総裁Xが宇宙に去る可能性がある。
ジョーは唇を噛み締めて、自分の意識を無理矢理に引き戻した。
精神を集中させると、彼は意識を高めてその『意志』の力で体内にある起爆スイッチを入れた。
大規模な爆発が起こり、ジョーの身体は吹き飛んだ。

科学忍者隊が駆けつけた時、ジョーは反物質爆弾を使用して瀕死の状態だった。
身体の一部が残っているだけでも奇跡だった。
「ジョー、何て馬鹿な事を……」
健が彼を抱き起こした。
「ギャラクターは……、総裁Xは今度こそ滅びたぜ……」
「何故、1人で勝手にこんな行動を…」
「けっ、前にもそんな事を言われたっけな。
 俺…『コンドルのジョー』はあの時、とっくに死んだんだよ。
 この世にこの身体が残っていては行けねぇ。
 魂はあの世にあるんだ……。
 俺の身体を地球に残しておくのは、自然の摂理に反する…」
身体はボロボロになっていて、血の代わりにバチバチと放電していた。
「俺に触れるな!近づくな!
 そのバードスーツを着ていても感電するぜ…。
 それに…恐らく、俺の身体はもう1度…爆発する…。
 今度こそ木っ端微塵だ…。
 おめぇらは、早く…俺の傍から離れろ…」
「ジョー…」
健が涙を零しながら、ジョーを横たえさせた。
「また、俺はお前を死なせなければならないのか?」
「おめぇのせいではねぇ…。
 俺の身体を滅びさせるだけの事だ。
 俺は既に死んでいるんだからな。
 2度死ぬ訳じゃねぇ、もう死んでいるのさ」
「ジョージ兄さん…」
ジャックが乗り出して、彼を掻き抱こうとした。
「触るなっ!」
ジョーが厳しい声を発した。
「おめぇの兄貴はもうこの世にいねぇのさ……」
呟くように言った声は語尾が掠れていた。
声を出すのも苦痛になって来ていた。
「健、前にも言ったが、ジュンと上手くやれよ」
「馬鹿野郎、こんな時に……」
健は涙を滂沱と流し、それを拭こうともしなかった。
「俺は死んだ者だ。
 哀しむこたぁねぇ。
 これでいいんだよ……」
「ジョー、こんなの嫌よ!
 折角貴方が生きて帰って来てくれたのに……」
ジュンが号泣した。
「ジュン、泣くな…。
 俺はもう死んだんだって…言った、ろ?」
ジョーのボロボロに痛んだ身体からまたバチバチと放電が起きた。
2度目の爆発が近そうだ…。
「もうおさらばだぜ。
 みんな早く離れろ」
「やだよ〜、ジョーの兄貴!
 こんな思いをするのはもう嫌だ!
 ねぇ、パンドラ博士の元に連れて行ったら?兄貴?」
「そうじゃわ、健!
 今からでもゴッドフェニックスでジョーを……」
「竜…、すまねぇが、もう遅い…。
 それに還る気は毛頭なかった。
 俺はおめぇ達を滅ぼす兵器に使われた事、それだけを恥じるぜ…」
「ジョー、馬鹿な事を言うな。お前のせいでは決してない。
 全ては総裁Xが復讐心からお前を利用した事なんだ!」
健はジョーの手を握ろうとしたが、振り払われた。
「行けっ!俺の爆発に巻き込まれてぇのか?
 それとも、後で俺の『残骸』を拾うつもりで此処に残っているのか?
 そいつは、俺じゃねぇぜ……。
 俺は、既に死んだ、と言った筈だ…。
 此処にあるのは…魂のねぇ、サイボーグの身体だけだ…。
 こいつがただ『滅びる』だけ…なんだ、ぜ。
 それよりも、おめぇら、に、託す……。
 ……ギャラクターの残党が、世界中に残っている筈、だ……。
 後の、事は…宜しく頼んだ、ぜ……」
力を振り絞って叫んだ後は、もう言葉が出なくなった。
ジョーは強い眼で健を見つめた。
(もう、俺を見ないでくれ……)
その眼はそう語っていた。
その事はその場にいる科学忍者隊全員にハッキリと伝わった。
健は仲間に撤退を命じた。
もうそれ程時間は残っていなかった。
彼らはもう1度ジョーをじっと見つめて、背中を向けた。
1人だけ残ろうとしたジャックを、健は無理矢理に引き剥がすように引っ張った。
距離を取って物陰に潜んだ時、大爆発が起きた。
 「ジョーっ!俺達はお前の事を一生忘れない。
 これからも共に在るぞ!!」
健が絶叫した。
ジョーの姿は元居た場所にはなかった。
あの時と同じ思いを彼らは噛み締めた。
折角逢えた兄と碌に話も出来なかったと泣きじゃくるジャックを、健が震える手で抱き締めた。
健達はその場所にもう1度立った。
ジョーが最後に持っていた『黒くはない』羽根手裏剣が1本、風に舞っていた。
ジャックはそれを受け止めて大切そうに掌に乗せた。
「兄さんは最後は正義の使者として闘ったんだね…」
「ジャック。まだジョーが言ったようにギャラクターの残党がいる。
 俺達の仕事はまだまだ残っているんだぞ。
 ジョーの遺志を継いで立派に闘ってくれ」
健が涙を禁じ得ないまま呟いた。
科学忍者隊は暫くその場に立ち尽くして、哀しみに暮れるのだった。
だが、彼らはまた明日から立ち上がる。
ジョーの遺志を継いで。
必ずやギャラクターの残党を一掃して、世界に平和を齎してくれるに違いない。
2度のジョーの犠牲を乗り越えて……。


※短期集中連載となりましたが、これにて『スペース・ジョーカー シリーズ』は終了とさせて戴きます。
お読み戴き、ありがとうございました。

※以下は一旦削った文章なのですが、何となく記録に残しておきたかったので、此処に入れておきます。
ジョーはジャックに未練を残させない為に、余り肉親として暖かい行動に出なかったのでは、と思い、カットしました。

「ジャック…最後に……顔を良く見せてくれ。
 俺はもう…片眼を、やられ、ちまった…」
ジョーはジャックが顔を寄せると愛おしそうな優しい顔つきになった。
「生きているとは知らなかった…。
 探し出してやれなく、て…すまねぇな…」
消え入るような声で囁いた。
放電を繰り返す身体でジャックに触れようとはしなかった。
「兄さん……」
ジャックは泣いた。
ジョーの瞳にもうっすらと涙があった。
「健、すまねぇ……ジャック…ジャックを宜、しく、頼むぜ…。
 立派、な忍者隊…に育て上げて、くれよな……」
ジョーは白い羽根手裏剣を右手で握り締めていた。
その羽根手裏剣を、最後の力を振り絞り、まだ生き残って彼らを狙っていたゲルサドラに放った。
それは往時のような唸りを見せ、ゲルサドラの喉元を抉った。

完成形ではありませんが、記録として掲載致します。m(_ _)m




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